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爆報フライデーの名前の出せない事件・芸能人とは?第4弾! [実話・事件]

 
 7月10日にオンエアされる爆報!THEフライデー(ばくほうフライデー)の内容は以下のとおり。

名前の出せない芸能界事件簿第4弾

日本芸能史上初!現役女優による殺人事件泥沼の不倫劇の結末…なぜ殺人を犯したのか?殺人罪で懲役5年…軽い刑罰の理由とは!? 出典:Yahoo!JAPANテレビ


 この「日本芸能史上初!現役女優による殺人事件」を起こしたのは誰か、「殺人罪で懲役5年…軽い刑罰の理由」について解説します。

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「名前の出せない芸能界事件簿第4弾」日本芸能史上初!現役女優による殺人事件とは



 まずは事件の概要から。


 1969年12月14日、兵庫県姫路市の広峰山で事件は起こった。事件の加害者となった女優は、デート中に交際相手の男と口論になり、車内で刺殺。翌日、警察に出頭した。


 現役の女優が殺人を犯したのは、日本芸能史上初のことだった。


殺人を犯した現役女優は誰か



 その人物は、1950、1960年代に女優として活躍した代毛利郁子だ。

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 高校卒業後、旅館のフロントを務めるかたわらミス温泉に選ばれた後、1956年に大映10期俳優研修生として大映に入社。芸能界への道を歩み出す。


 翌1957年『透明人間と蝿男』にてデビュー。以後、さまざまな映画、座頭市シリーズや眠狂四郎シリーズなどに抜擢され、日本映画の斜陽期において活躍。また、撮影所にヘビを持ち込む一面を持ち、ヘビにまつわる作品も多かった。

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毛利郁子、事件発生と背景



 事件が起こったのは、毛利が36歳のときだった。当時、毛利は興行師である水田照正と交際していた。2人の間には2歳児がもうけられたが、水田は妻子持ちの身。毛利は7年にわたって不倫交際を続けていたのだ。


 水田は女性関係が激しかったとされている。トラブルの種がさまざま存在していたことは、容易に想像ができるだろう。


 最終的には、子供をめぐる口論から犯行に至ったとされている。


裁判と判決


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 翌日に自首した毛利には、一審で懲役7年、二審では懲役5年の判決が下され、結審した。なぜ一審と二審で減刑となったのか?


 要素はいくつかある。


 被害者となった水田は、救急車で病院へ運ばれたものの、出血多量によって3時間後に息を引き取った。しかし、水田は刺し傷について「自分でやった」と言って毛利をかばい続けている。公判でそれを知った毛利は涙を流したそうだ。


 また、このエピソードを引き合いに出し、水田の妻も「夫の意向をくんで寛大な処置を」と訴えた。妻が水田の派手な女性関係に気づかないわけはない。負の要素もたくさん見てきたはずだ。普通であれば憎むだろう夫の不倫相手をかばったのは、毛利への同情心があったのかもしれない。


 そのほか、大映の永田社長をはじめとして、共演者の勝新太郎など関係者も減刑の嘆願書が提出されているが、二審で判決を言い渡した大阪高裁は、残された2歳の子供の存在にふれ、7年は重過ぎると言及している。結局は子供の存在が大きかったのではないか。


服役とその後



 5年の懲役を言い渡された毛利は、和歌山刑務所に収監された。3年の服役後、仮釈放されている。


 事件発生の2年後、1971年に、所属していた大映は破産。毛利は芸能界に戻ることなく引退した。一説によると結婚し、平穏に暮らしているそうだ。

出典:wikipedia、maroon.dti.ne.jp/knight999

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